はっちnote

流行りや人に流されず、どこまでもマイペースに、ときどきゴーイングマイウェイにいきています。

生きづらさを感じている時

なんでこう、「批判」「disり」ばかりが目につくんだろう~。






自分の価値観を押し付けてるのか。
はたまた、自分の中で抑制している感情があるのか。







つい先日、「このブログのコンセプトは~」みたいなこと言って自分に制限つけたけど、どうやら私は「制限」される事が苦手らしい。








わたしの日記だもの。好きな事自由に書いていいじゃんね。









30代だから。主婦だから。女だから。でも、見た目は女じゃないし。









だから何!?って。










生きづらい世の中だなって、自分でそうしてるだけじゃん。











大体私がブログを書かなくなった時は、自分に制限をかけているとき。








あればだめ、これはダメって批判している世界に吸い寄せられて、悶々と考え込んでいるとき。












今朝、オットに「調子が悪いときは深く考えないように」って言葉。








ほんと、それな!(笑)←イマドキな言葉使ってみましたw










ブログも削除しよっかな~と一瞬考えたけど。









「好きなように自由に」いられるのは結局ブログだけだもんなぁ。














ってことで、しばらく更新されない時は「あ、またコイツ沈んでるなw」と思って気長に待っててください。






ほぼ日アプリで偶然目に留まった糸井重里さんの過去のコラムより。

 


・「人をばかにしちゃいけない」というのは、

 よく言われることで、これはもう、

 まったくもってその通りなのです。

 人をばかにしていいか悪いか、という

 倫理の問題だけではなく、

 人をばかにしてトクかソンかという

 損得の問題だけでもなく、

 人をばかにして気持ちがいいかどうか、という

 快不快の問題だけでもなく、

 もっと大きな次元で、どーんと言えるんだと思います。

 「人をばかにしちゃいけない」んです。

 で、その「人」のなかには、

 つい忘れられがちな一人がおりましてね。

 それが、「わたし」なんですね。

 「わたしをばかにしちゃいけない」んですよね。

 あんがい、ぼくらは「わたし」をばかにしてます。

 どうせ、こんなもんだろう、と、

 高をくくって見ていたりするものです。

 ぼくも、そういうところがあります。

 「わたし」が、ばかにされてるものだから、

 ぐずぐずになっちゃうんですよね。

 おそらく、部屋がちらかるのも、禁煙ができないのも、

 朝起きられないのも、ダイエットに成功しないのも、

 じぶんで、「わたし」をなめてるからだと思うんです。

 

 ぼく自身のことを振り返ってみても、

 なにかがうまく行ったときというのは、

 じぶんのことを「ばかにしなかった」ときでした。

 ずいぶん苦しんだ禁煙にしても、

 「どうせ、おまえにはできないんだ」とは、

 思わなかったからできた、と言えます。


・昨日、WBCの試合を観に行きましてね。

 明らかに、まだ中国のチームはへたなんですよ。

 それをばかにしたら、なんにもいいことないんです。

 へたの段階にある中国の野球を、しっかりと見て、

 毛ほどもばかにしないということが、

 じぶんたちのチームをばかにしないことなんです。

 さすがに一流の選手たち、みんなそれができてるんです。

 重苦しい試合だったけど、とてもよかったです。


この日のこの『今日のダーリン』に、

ずいぶんたくさんの感想をもらったのだけれど、そのひとつひとつを読んでいて、

「ああ、それ、ぼくも思ってたんだ!」

ということがあった。


「じぶんを信じろ、と言われても

 ピンとこなかったのですが、

 じぶんをばかにしないでと言われたら、

 そうだなぁと思いました」


そうそう、そうなんだよな。

じぶんを信じるって言えるほど、

じぶんは信じられるやつではないんだよな。

でも、そんな信じられないじぶんでも、

ばかにしちゃいけないんだ。

そういうことなんだ。


犬でも猫でも、牛でも豚でも、

鳥でも虫でも、ばかにしちゃいけないんだよな。

小さいもの、しょうもないもの、価値のなさそうなもの、

汚いもの、ずるいもの、醜いもの‥‥いろいろと、

肯定的になれないものは多いとしても、

それはそれとして、

ばかにしちゃいけないんだ。

それに、

ばかにしなけりゃならないことなんて、

いついかなるときでも、ほんとは、ない。


嫌いなものは、あるはずだ。

見たくないものも、あるだろう。

やっつけたいものも、あるよ。

だけど、それはそれ、

ばかにする必要も、ばかにする意味も、まったくない。



誰かをばかにしているときは、同じく自分の事をばかにしているとき。


そこに気づけば、きっとうまくいくはずだ。