はっちの365日

自分らしく、ときどきゴーイングマイウェイに生きています。

「前者」「後者」 を私の感性で語る。

最近、また心屋仁之助さんのブログで「前者・後者」の記事が投稿され、話題になっていますねドキドキ




おはようございます♪

自分を好きなる☆ナルシスト養成塾 塾長のべっちーです。





■【最重要記事】ひさしぶりに「前者・後者」の話。やっぱり、この話は世界を救うから
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12142695779.html



で、案の状混乱する人がいっぱい出てきましたね(笑)



■前者、後者は、じゃ、結局どうやって生きればいいのか
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12143275775.html


★前者、後者難民がいっぱい
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12144676920.html






この話は私も長い間読ませていただいておりますが、ごめんなさい。




全く理解できませんでした。






く○ん式で長年国語を学んで培った私の読解力はいずこへ・・・orz

 


と、めちゃくちゃ落ち込んだのですが。





普段の日常生活で何気なく見ている光景が私の感性に語りかけてきてくれたんですよ。

 


今日は、その事について感性の向くままに書いていこうと思います(笑)










私、こう見えても主婦なので(笑)スーパーとかに買い物に行くのですが、良くこんな声を聞きます。




ちょっと、早くしてよ!
うるさい!
走らない!
何なの!?買わないって言ってるでしょ!?
ねぇ!お母さんの言う事聞いて!




おーい、、、、おかーさーん。
子供産んだことない・育てたことない私が偉そうに言うのもなんですが。




それ、出来るわけないんです。
子供なんだから。





感情のコントロールも、世の中の常識も、親の顔色も(笑)
全部学んでいる最中なのですから。





最近一番驚いたのは、駐車場の近くで無邪気に走り回る子供に向かって
「このクソガキ!てめぇ!いい加減にしろよ!!あぶねぇだろ!」と叫んでいるお母さんがいたことです。




えっと・・・それ、察トレですか?





子供には車にひかれる事の怖さを知りません。





車=危ないものという式の間に入る『車にひかれたら骨折?相手の人が加害者になる?
打ち所悪かったら死んでしまう。入院になったらそのお金は?』というのは大人の事情なんです。




今、楽しいからそれを全身で表現しているだけなのです。





上に書いたような言葉を子供に向かって掛けたとしても「お母さん怒ってる=怖い」と認識されるだけで
車の通る場所で走り回るという行為をやめるには至らないと思うのです。





それどころか、「自分がはしゃぐとお母さんに怒られる。はしゃいではいけないんだ。」

という間違った認識を植え付けかねないのです。(呪いってやつ?)





みなさんの幼いころの記憶の中にも、そういった経験ありませんか?






私の中での「前者」「後者」って親と5歳くらいの子というイメージです。




前者はそういう幼いころの経験を経て勝手に空気読むチカラや常識などが備わっていった人。
後者は5歳~10代の頃のまんま歳をとっただけ。




大人と呼ばれる年齢になったから、必ずしも大人になる必要はないと思うんですよ。
親が年を取って、この先自分がしっかりしなきゃいけないなんて事はないんですよ。





親や子供の面倒を見るのが好きな人に自分の親や子供の面倒みてもらえばいいんです。






こうやって書いていくと、自分は後者なんだな~って思う。
両親は後者、妹は無自覚の前者、義弟は完全なる前者。

 


だから、私は家を出て妹が家に残った。

 

特にお互い話し合いをしたわけでもないのに、勝手にそういう風になっていたというか・・・。




妹は妹の感性で「今の状態(実家で暮らす事)が居心地良いから」という理由で実家に残ったのです。
父親と犬猿の仲だった妹が実家に残るという事に私は最初驚きました。




義弟も長男なのに、親の事は他の兄弟(義弟の実家は兄妹の多い大家族ってやつです)に任せて
内にマスオさんとして入ってくれました。

 


前者ぶった後者の父を完全前者の義弟が上手い事コントロールしてくれているお陰なんだと思います。




金銭面とか、家事とか、甘えるところは甘えて。何かあったら面倒みて。

(隠居の父以外、全員仕事をしているので、父が洗い物・各部屋のゴミを回収&捨てる・洗濯

・買い出しを担当しています)



ゴミ捨て、洗い物や洗濯物は頼んでもいないのにやるようになりました。




自分が「前者」なのか「後者」なのか、断定しなくても自然と自分の感性が働いて勝手に行動するように

なっていくんだと思いました。





親から見たらいつまでも子供は子供でしかない。
いつまでも心配するし、いつまでも面倒を見ていたい。



でも、いつか歳を取ってそれが出来なくなる。
子供に面倒を見てもらわなければいけない時がくる。

 


子供はある程度の歳になると一人前の大人になったフリをする。
親の助けなんていらない、自分で何でもできると親に反抗する。
でも、お金に困ったとき・病気になったとき、どうしても親に頼らなければいけない時がある。

 

 

もう、頭でごちゃごちゃ考えるのをやめて、

前者・後者 お互いにお互いを頼っていいんです。助けられて良いんです。




私は、自分の頭の中でなんとな~くしかこの話を理解していません。
感覚だけで「あ、この人私の面倒見たいんだ」「あ、この人私に頼ってきてる」と判断して動いています。



えぇ、なんてんたって~感覚派女~子~♪ですから(笑)

http://ameblo.jp/becchy-iwgp/entry-12142894348.html




前者が前者に助けてもらう事もあります。
後者が後者に頼ることだってあります。




必ずしも前者⇔後者である必要なんてなくて、絶対的に自分が前者・後者のどちらかである必要

なんてないと思うんです。



これに関してはすべての人に完全に一致する条件なんて無いと思うんです。





この話をある程度(なんとな~く)理解していれば、今まで自分に禁止していたことを許可

できるようになる。




心屋仁之助さんの言う前者・後者のお話は、やりたくない事我慢続けている自分の

そもそものあり方(前提)についてを教えてくれるお話なんだと思いました。